管理職や人事の担当者様から、
「厳しく注意したらハラスメントだと言われた」「どこまで指導していいのかわからず、必要な指導すら避けてしまう管理職が増えている」
というご相談を伺うことが増えています。
ハラスメントへの意識が高まることは組織にとって望ましいことですが、その一方で「何を言っても問題視されるかもしれない」という恐れから指導そのものが委縮してしまうと、部下の成長機会が失われ、組織全体のパフォーマンスにも悪影響が及びます。
では、正当な注意指導とハラスメントの間には、どのような境界線があるのでしょうか。
まず確認しておきたいのは、業務上必要な注意指導は、それ自体がハラスメントになるわけではないということです。
厚生労働省が示すパワーハラスメントの定義においても、「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」とされており、逆に言えば「業務上必要かつ相当な範囲」で行われる指導は、パワーハラスメントには該当しません。
遅刻やミスを注意すること、成果が上がっていない部下に改善を求めること、危険な行為や規則違反を厳しく戒めることは、管理職として当然果たすべき職責であり、指導すること自体を恐れる必要はありません。
問題が生じるのは、この「適正な範囲」を逸脱したときです。
ここで押さえておきたい最も重要な前提は、ハラスメントは「特定のNGワード集」によって判定されるものではないということです。
もちろん、人格そのものを否定する言葉は、それ自体が強く問題となり得ます。しかし現場の悩みの多くは、もっと微妙なところにあります。
たとえば「なぜこのミスが起きたのか、理由を説明してほしい」という同じ言葉であっても、普段から部下の話をよく聞き、成長を願って接してくれている上司から言われれば「自分のための指摘だ」と前向きに受け止められます。
一方、普段はほとんど会話がなく、業務量や体調にも無関心で、ミスをしたときだけ強い口調になる上司から同じ言葉を言われれば、「また責められた」「理不尽に攻撃されている」と感じやすくなります。つまり、境界線は言葉の表面だけで決まるのではなく、誰が、誰に、どんな関係性のなかで言ったかによって大きく動くのです。
現場での判断に迷う際、次の3つの視点で整理すると、グレーゾーンの事案も比較的判断しやすくなります。
第一に、「目的」です。
業務の質・効率・安全性の向上のために必要な範囲で行われているか、それとも指導者側の感情のはけ口になっていないかという点です。同じ「注意」でも、仕事をよくするための指摘なのか、鬱憤を晴らすための言動なのかで、性質は根本的に異なります。
第二に、「方法」です。
指摘の対象が「行動・事実・成果」であるか、それとも「性格・人格・資質」に及んでいるかが重要な分岐点になります。具体的には、次のような言動は業務上の適正な範囲を逸脱しているとみなされやすい典型例です。
・「なんでお前はこんなこともできないんだ」「使えない」といった、人格や存在そのものを否定する発言
・小さなミスに対して長時間叱り続ける、他の社員の前で激しく叱責するなど、問題の内容と不釣り合いな激しさでの対応
・プライベートな生活、容姿などの業務と無関係な領域への踏み込み
・仕事を与えない、会議に呼ばない、挨拶を無視するといった、指導とは異なる「排除」や「過小要求」
第三に、「頻度・継続性」です。
一度の厳しい指導だけで直ちにハラスメントと判断されることは比較的少ないものの、同じ人物に対して同様の言動が繰り返され、「いつも自分だけが標的にされている」という受け止めが積み重なることで、ハラスメント性が高まっていくケースは少なくありません。
注意指導の場面そのものだけでなく、その「前後」の関わり方も境界線に大きく影響します。
指導の前には、なぜミスが起きたのか、本人なりの事情や背景はないか、そもそも必要な情報やリソースは与えられていたかといった、相手の文脈を理解しているかどうかが問われます。
こうした背景を確認せずに頭ごなしに叱責すれば、内容が正しくても一方的な否定として受け取られやすくなります。
また、指導の後にこそ関係性を左右する重要な機会があります。
厳しいことを伝えた後に「あの後、大丈夫だったか」「何か困っていることはないか」と一声かけることは、「あなたを否定したのではなく、行動を改善してほしかっただけだ」というメッセージを行動で示すことになります。
この一言の有無によって、指導を受けた側の受け止め方は大きく変わります。
なお、ハラスメントの判断においては、指導する側の意図だけでなく、受け取った側が実際にどう感じたかという主観的な影響も重視されます。
「そんなつもりはなかった」という言い分だけでは、相手が著しく傷つき就業意欲を損なうほどの苦痛を感じていれば、問題視される可能性は十分にあります。
だからこそ、日ごろから相手の反応に気を配り、指導の後にフォローする姿勢が、リスクを下げるうえで実践的な意味を持つのです。
ここまでの整理からわかるのは、注意指導とハラスメントの境界線を最終的に決定づけるのは、日ごろの人間関係の質であるということです。
厳しい言葉が「ありがたい指導」として届くのは、「この人は自分のことを見てくれている」「本気で成長を願ってくれている」という信頼感があってこそです。
この信頼感は、問題が起きたその場で急に生まれるものではなく、日常の小さな積み重ねによって培われます。
具体的には、次のような日常の関わりが、その土台をつくります。
・業務の進捗確認だけでなく、「最近どうですか」といった日常的な声かけを行い、相手への関心を態度で示すこと
・部下が話をしてきた際には、途中で遮ったり否定したりせず、まずは最後まで話を聴く姿勢を持つこと
・ミスを指摘するだけでなく、うまくできている点や努力しているプロセスも、言葉にして伝えること
・定期的な1on1などを通じて、業務の話だけでなく、不安や悩みも含めて話せる場を設けておくこと
こうした関わりの積み重ねがあれば、多少厳しい言い方をされても「自分のためを思っての指導だ」と受け止められやすくなります。
逆に、こうした関係性の積み重ねがないまま問題が起きたときだけ強く指導しようとすると、内容が正当であっても、相手には「攻撃された」としか受け取られない可能性が高くなります。
実際のハラスメント関連の相談事例では、次のような傾向を持つ方が見られます。ただし、これは「問題がある人」というレッテルを貼るためのものではなく、誰にでも当てはまり得る、気づきにくい癖として理解していただきたい点です。
・「指導=厳しく言うこと」だと捉えており、日ごろ褒める・認める関わりが少ない
・自分は「正しいことを言っている」という意識が強く、言い方やタイミングへの配慮が後回しになりやすい
・業務への責任感が強く、成果を出してきた実績があるがゆえに、「なぜ自分が問題視されるのか納得できない」という葛藤を抱えやすい
・日ごろ部下と業務以外の会話をほとんどせず、関係性を築く機会自体が少ない
このような傾向を持つ方に対しては、「指導をするな」と行動そのものを抑え込むのではなく、「伝え方」と「関係性のつくり方」を学び直す機会を提供することが、本人・組織双方にとって建設的な解決につながります。
注意指導とハラスメントの境界線を現場任せにしてしまうと、判断が管理職個人の感覚に依存し、対応にばらつきが生じやすくなります。
人事としては、次のような取り組みが有効です。
第一に、目的・方法・頻度・継続性・日ごろの関係性といった判断の視点を、事例を交えて研修や資料で共有し、社内で共通言語化することです。
第二に、研修などで実際に起こりうるシナリオをもとにしたケーススタディの場を設け、「怖いから何も言わない」という極端な委縮を防ぐことです。
第三に、怒りに任せて指導しないためのアンガーマネジメントや、相手を尊重しながら言うべきことを伝えるアサーティブコミュニケーションといった、感情や伝え方に関するスキルを学ぶ機会を用意することです。
注意指導とハラスメントの境界線は、法律や定義だけで機械的に引ききれるものではありません。
言葉の内容、伝え方、頻度、指導の前後の関わり、そして何より日ごろの人間関係の積み重ねが複雑に絡み合って、初めてその境界が形づくられます。
「この言葉さえ言わなければ大丈夫」という発想ではなく、「日ごろから相手を一人の人間として尊重し、信頼関係を積み重ねているか」という問いを、管理職の皆さま一人ひとりが自分自身に向け続けることこそが、最も本質的なハラスメント予防につながります。
すでに指摘を受けているケースや、「悪気はないのに、指導がハラスメントと受け取られてしまう」というお悩みを抱える管理職の方には、外部の専門家によるマンツーマンの個別支援が有効な場合があります。
弊社の「コミュニケーション改善個別サポート研修」「マンツーマン・アンガーマネジメント研修」では、アンガーマネジメント、アサーティブコミュニケーション、コーチングなど、対象者の特性に合わせた内容をマンツーマンで提供し、日ごろの関係づくりから伝え方までを具体的な行動レベルで見直すお手伝いをしています。
指導とハラスメントの境界に悩むケースがございましたら、社内だけで抱え込まず、ぜひお気軽にご相談ください。