ハラスメント問題の難しさの一つは、加害者本人が自覚を持っていないケースが非常に多いという点です。この心理的メカニズムを理解することは、再発防止の観点から極めて重要です。
ハラスメント行為をしてしまう人の中には、自分が問題のある言動をしているという自覚が乏しいケースが少なくありません。
その背景には、いくつかの共通した思考パターンが見られます。
たとえば、
「自分も厳しく育てられてきた」
「本気で叱るのは相手のためだ」
といったように、自分の言動を“必要な指導”として正当化してしまうケースがあります。
また、
「部下が気にしすぎているだけだ」
「今の若い人はメンタルが弱い」
「これくらい言わないと成長しない」
など、問題の原因を相手側に求めてしまうこともあります。
さらに、
「結果が出ているのだから問題ない」
「数字が上がっているなら多少厳しくても仕方ない」
というように、成果が出ていることを理由に、自分の言動を見直さなくなるケースもみられます。
こうした考え方は、本人の中では一貫した“正しい指導の理屈”になっているため、周囲から問題を指摘されても、すぐには受け入れにくい傾向があります。
そのため、単に「それはよくない」と伝えるだけでは改善につながりにくく、本人の認識の癖や思い込みに丁寧に向き合いながら、行動の見直しを促していく支援が重要になります。
ハラスメントの相談場面で、実際によく聞かれるのが、
「昔はこのくらい当たり前だった」
「自分たちの頃は、もっと厳しく指導されていた」
「飲み会に付き合うのも仕事のうちだった」
といった感覚です。
特に、長年組織の中で経験を積んできた管理職やベテラン層ほど、かつての職場文化を“指導の基準”にしてしまうことがあります。
たとえば、みんなの前で厳しく叱る、休日や夜間でもすぐに返事を求める、業務後の飲食の場への参加を当然のように促す――。本人にとっては「自分もそうやって鍛えられてきた」「これが組織でやっていくための当たり前」という感覚でも、受け手にとっては大きな負担や圧力になることがあります。
しかし、いまは時代が変わっています。
法令やガイドラインの整備が進み、働き方や価値観も大きく変化しました。メンタルヘルスへの理解も広がり、かつては見過ごされていた言動が、現在ではハラスメントとして明確に問題視されるようになっています。
つまり、「昔は普通だった」という感覚のままでは、今の職場では通用しない場面が増えているのです。
管理職やベテラン社員、教員など、組織の中で一定の立場にある人は、本人が思っている以上に強い影響力を持っています。
評価、業務分担、人員配置、昇進・昇格、研究指導、進路への助言など、相手に与える影響が大きい立場だからこそ、何気ない一言でも、受け手には重く響くことがあります。
たとえば、上司が
「そんなことでは評価できないよ」
「この仕事、君には無理かもしれないね」
と口にした場合、本人は軽い注意や発破をかけたつもりでも、部下にとっては「見放された」「今後の評価に響くのではないか」という強い不安につながることがあります。
また、教員が学生や若手研究者に対して
「この程度の覚悟では研究は無理だ」
「進路を考え直した方がいいのでは」
といった言葉を投げかけた場合も、単なる意見や指導では済まず、立場の差を背景にした強い心理的圧力として受け止められることがあります。
同じ内容の言葉であっても、同僚から言われるのと、評価や進路に影響力を持つ立場の人から言われるのとでは、言葉の重さがまったく異なります。
だからこそ、立場のある人ほど、「自分はそんなつもりではなかった」で済ませず、自分の言葉や態度が相手にどう届くのかを意識することが大切です。
管理職研修や個別支援では、単に「ハラスメントに気をつけましょう」と伝えるだけでは不十分です。
本当に必要なのは、次のような視点を持ってもらうことです。
自分の一言には、立場に応じた重みがあること
善意や指導のつもりでも、権限を背景にした圧力として伝わることがあること
これまでの成功体験や“当たり前”を、そのまま今の職場に持ち込まないこと
悪意がなくても、結果として相手を傷つければ加害者になり得ること
特に、過去の成功体験が強い人ほど、
「自分はこれでやってきた」
「厳しく言うからこそ人は育つ」
という考えを手放しにくい傾向があります。
そのため、行動改善には、知識を伝えるだけではなく、これまでの価値観を見直し、新しい関わり方を身につけていくプロセスが欠かせません。
ハラスメントは、悪意のある一部の人だけの問題ではありません。むしろ、責任感が強く、指導熱心で、これまでのやり方に自信を持っている人ほど、時代や立場の変化に気づかないまま、無自覚に相手を追い詰めてしまうことがあるのです。