近年、職場におけるハラスメントに関する相談は増加傾向にあり、厚生労働省の調査においても、労働局への相談項目の中で常に上位を占める深刻な課題となっています。
ハラスメントは、組織の規模や業種を問わず起こり得る問題であり、働き方改革の推進や法整備の進展、働く人たちの権利意識の高まりを背景に、これまでのように「この程度はよくあること」「昔からこのやり方だった」といった感覚では済まされない時代になっています。
ひとたび「ハラスメント行為があった」と判断された場合、組織が負うリスクは決して小さくありません。
損害賠償請求や行政上の対応といった法的リスクにとどまらず、優秀な人材の離職、企業・法人としての信頼やブランドイメージの低下、さらにはSNS等を通じた風評被害の拡大など、組織運営に及ぼす影響は広範にわたります。近年では、裁判において企業側に相応の損害賠償責任が認められる事例もみられ、対応のあり方がこれまで以上に厳しく問われています。
だからこそ求められるのは、感情論や個人的な価値観に左右されない、客観的な判断基準と適切な手順に基づく対応です。
「あの人に限ってそんなことはない」「被害を受けた側にも問題があるのではないか」といった主観的な見方が、初動対応の遅れや判断の誤りを招き、結果として問題をさらに深刻化させてしまうことも少なくありません。
ハラスメント問題に適切に対応するためには、まず法的な定義を正しく理解することが欠かせません。現場で判断がぶれてしまう背景には、この基本的な理解が十分でないことも少なくありません。
2020年に施行された労働施策総合推進法では、パワーハラスメントを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています。
つまり、①優越的な関係を背景とした言動であること、②業務上必要かつ相当な範囲を超えていること、③就業環境が害されていること、という三つの要素がすべてそろって、はじめてパワーハラスメントと判断されます。
また、セクシュアルハラスメントについては男女雇用機会均等法、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントについては育児・介護休業法に基づき、組織に防止措置義務が課されています。こうした法令に沿って、正確かつ適切に対応することが重要です。
ハラスメントを考えるうえで大切なのは、本人に悪気がなかったとしても、ハラスメントと受け止められ、認定されることがあるという点です。
たとえば、「相手のためを思って厳しく言った」「チームのために強く注意した」といったつもりであっても、その言動によって相手が強い精神的負担を感じ、安心して働けない状態になってしまえば、ハラスメントの要素を満たし、ハラスメントにあたる可能性があります。
たとえば、次のような言動です。
・業務時間外に何度も飲みに誘い、断りにくい雰囲気をつくる
・「結婚しないの?」「子どもはまだ?」と繰り返し聞く
・「この程度の仕事もできないのか」といった人格を傷つけるような言い方を続ける
このように、行為者本人に悪意がなくても、相手にとって大きな負担となり、働く環境を悪化させるものであれば、ハラスメントと判断されることがあります。
そのため、「そんなつもりはなかった」という気持ちだけで考えるのではなく、相手がどう受け止めるか、職場にどのような影響を与えるかという視点を持つことが大切です。
一方で、「相手が嫌だと感じたのだから、すべてハラスメントになる」というわけでもありません。
ハラスメントかどうかを判断する際には、本人の受け止め方だけでなく、一般的に見てその言動が適切だったかどうか、という客観的な視点も大切になります。
厚生労働省のガイドラインでも、社会通念上、業務上必要で相当な範囲の指示や指導だったかどうかが重要な判断ポイントとされています。
実際の判断では、たとえば次のような点が見られます。
・どのような内容の言動だったか
・どのくらいの頻度で、どのような形で行われていたか
・その職場の状況や当事者同士の関係性はどうだったか
・業務上、本当に必要な指導や注意だったのか
・適切な指導の範囲を超えていなかったか
特に、管理職や人事担当者が確認したい主なポイントは次のとおりです。
【内容】
指摘の対象が仕事上の事実や行動ではなく、人格や能力そのものを否定するものになっていないか。
たとえば、
「この資料はミスが多い」は仕事に対する指摘ですが、
「お前は社会人として失格だ」は人格を傷つける発言にあたります。
【頻度・継続性】
一時的な注意や指導にとどまるのか、それとも繰り返し、執拗に続いているのか。
【場所・方法】
人前で強く叱責したり、メールやチャットで何度も責め立てたりするなど、相手に過度な羞恥心や恐怖心を与えていないか。
【業務上の必要性】
業務上の指導という範囲を超えて、個人的な好き嫌いや価値観の押しつけが強く出ていないか。
このように、ハラスメントかどうかは、どちらか一方の気持ちだけで決まるものではありません。
だからこそ、感情的に判断するのではなく、言動の内容や状況を丁寧に確認しながら、客観的に見極めていくことが大切です。